
年末に向けて最盛期を迎える紅ズワイガニのカニ籠漁。富山県内で紅ズワイガニの漁獲量1位を誇る魚津港からは今シーズンも3隻の漁船が9月から漁 に繰り出しました。魚津漁業協同組合で代表理事組合長を務める濱住博之さんに魚津発祥で70年超の歴史を持つカニ籠漁や漁の現状、紅ズワイガニの魅力などについて聞きました。
紅ズワイを求めて、拡大する漁場
―1962年当時、魚津の漁師、浜多虎松さんがカニ籠漁を考案しました。その後、富山のカニ籠漁はどのような変遷をたどりましたか
「カニ籠を使って効率的に鮮度の良いカニが獲れるようになると、参加する漁船も増えて富山湾内では漁場が足りなくなりました。そこで当時の漁業者は富山湾内など近場で操業するのではなく、積極的に外に攻めていった歴史があります。北は秋田県の男鹿半島付近、西は島根県沖合付近まで、広範囲で漁をしていました」
―カニ籠漁の漁船も変化しましたか
「従来は木造の漁船でしたが、1965年後半からFRP(繊維強化プラスチック)を採用した漁船が出てきました。エンジンも 焼玉エンジンから高性能なディーゼルエンジンが搭載されるようになり、質の良いカニを求めて遠方の漁場へ繰り出す時代となりました」
漁法の伝播と石油危機が脅威に
―現在、富山のカニ籠漁は富山湾や能登半島付近に収まっています。縮小した理由は
「当時、他県の漁場に繰り出す中で地元の漁師にカニ籠漁を教えることなどがありました。そうなると地元でカニが獲れることや地元漁師がカニ籠漁を始めるケースが増えました。また、『富山県の漁船は遠慮いただきたい』といった声も出てきました」
―一方で能登半島付近に漁場がある理由は
「能登半島付近のカニ籠漁の漁場は富山県の漁業者が開拓ました。そのため、石川県と 新潟県の3県の共同漁場となっています」
―ほかの縮小要因は
「1973年と1979年に起きたオイルショック(石油危機)の影響です。燃料高によって漁場が遠いと燃料費用の負担が大きく経営にはマイナスとなりました。漁業者はなるべく近場の漁場で操業するように。結果、元の富山湾を中心としたカニ籠漁に戻りました」
―魚津で残り続けたカニ籠漁・漁業者の共通点は
「どんどん漁場が狭まって隣接する石川県や新潟県の漁業者もカニ籠漁を始めました。魚津にも多くいた(カニ籠漁の)漁船はイカ釣りに転業。ただ、イカ釣りは燃料を多く使うため、燃料高のダメージが直撃、さらにイカの値段も下がり廃業に至った漁業者多いです。そんな中、カニ漁船で残ったのは、夏はイカ釣りをやって冬はカニ籠をする漁業者 でした」

漁場の縮小やオイルショックといった危機に直面しながらも現在に続くカニ籠漁。ただ、乗組員の高齢化や若手人材の不足など新たな課題への対応に迫られています。打開に向けて魚津のカニ籠漁業者が一手を打ちます。
カニ籠漁の人手不足、解決に向け外国人採用も
―カニ籠漁の一般的な乗組員数を教えてください
「たくさんのロープや機材などを取り扱うため、(1隻当たり)6、7人の乗組員がいます。ただ、昨今の人手不足で一人当たりの業務負荷の高まりや乗組員の高齢化が課題となっています」
―解決に向けた取り組みは
「(カニ籠漁の)人手不足で悩んでいた時期と同じくして定置網漁も高齢の船員が引退して人手不足が課題となっていました。そこで、定置網漁で始まったのが外国人技能実習生の 採用です。外国人技能実習生 が業務に携わり、上手く業務が回ることも分かり、カニ籠漁を含む漁船漁業においても外国人 技能実習生の採用に向けた動きが広がり始めました」
―実際にカニ籠漁で外国人が採用されている事例は
「石川県のカニ籠漁を営む漁船に外国人技能実習生が 採用されています。情報収集すると漁船漁業でも外国人技能実習生が活用できることが判明しました。魚津港のカニ籠漁船3隻にもインドネシア人の技能実習生が 業務に従事しています。結果、日本人の負担も減って安定的に操業できるようになりました」
―漁業者の収益増加も欠かせません
「結局、紅ズワイガニの評価が高まれば、漁業者の収入にもつながります。そして、(給与に還元できれば)人手不足のさらなる解消にも効果が期待できます。昨今、ようやく紅ズワイガニの評価が高まってきました。カニ籠漁の漁業者は以前と比較して経営的にも安定して良い兆しといえます」
鮮度保持に魚津漁師のプライド光る
―高評価を受けるためには紅ズワイガニの鮮度保持などが欠かせません。鮮度保持に対する考え方は
「(水深800メートル~1500メートル付近の)深い海底からカニ籠を引き上げます。紅ズワイガニが好む水温2、3度から一挙に10 度以上の環境にさらされるため、ウインチで可能な限りスピーディーにカニ籠を引き上げて紅ズワイガニへのダメージを最小限に抑えています」
「魚艙(ぎょそう)への保管も、以前は中に氷だけ入れて冷却していました。ただ、今は魚艙自体を冷やす冷却システムが採用されています。操業時間が長くても鮮度の低下が抑えられています」
―水揚げ後の鮮度保持は
「水揚げ後も紅ズワイガニを冷やすため、しっかりと氷などを使い新鮮さの保持に気を配っています。実際、水揚げ後に市場に並ぶ紅ズワイガニを見ると生きている個体がかなりいます。魚津の漁業関係者がプライドを持って新鮮なカニを市場に提供したいという思いが表れています」

新たな保冷技術の導入などにより、高い鮮度が保たれて水揚げされる魚津の紅ズワイガニ。さらに認知度を広げるため、一般消費者にもより身近に魚津の紅ズワイガニを堪能できるイベントとして始まったのが“魚津蟹騒動”です。
今シーズンの水揚げ量、例年並みを想定
―紅ズワイガニの漁獲量の見通しは
「(今シーズンは)例年並みの漁獲量を予想しています。ただ、天候に大きく左右されるため絶対とは言い切れません。9月~10月下旬までは、比較的海は穏やかで概ね計画的に操業ができています。一方で、以降は天候の変化が激しくなり、安定した天候が続く機会が少なくなる傾向です。特にトップシーズンの12月は海がしけやすく、漁獲量に大きく影響する可能性があります」
―身の詰まった紅ズワイガニの特徴は
「甲羅の硬さです。殻が柔らかい脱皮したての個体は水分が多く『ミズガニ』とも言われ、身の詰まり方が不十分です。成長を繰り返す過程で、甲羅が硬くなり、身も詰まってきます。もし、甲羅の柔らかい紅ズワイガニを流通させたら、魚津の紅ズワイガニの評価は一挙に下がってしまいます。そのくらい責任を感じながら魚津の漁業者はカニ籠漁に取り組んでいます」
本来の紅ズワイを堪能、「魚津蟹騒動」
―魚津蟹騒動では甲羅の硬い魚津の紅ズワイガニが「蒸しガニ」として提供されます。「蒸しガニ」の調理方法や味の特徴について教えてください
「一度、ボイルした紅ズワイガニを再加熱する段階で蒸し工程を加えたのが『蒸しガニ』です。水分が少し抜けて多少取り出しにくくなりますが、カニのうま味が残り、カニ本来の味を堪能できます。個人的にはカニの脚や爪の肉のほか、脚と甲羅の付け根付近にある“肩肉”にもうま味が残り、存分に楽しめると思います 」
―他県で獲れる紅ズワイガニと比較したときの違いは
「富山の漁業者は漁場が比較的近いところで操業して高鮮度で良い状態の紅ズワイガニの流通にこだわっています。他県では大型船で操業するケースもありますが、その場合、1週間近く漁を行います。そうなると、初日に漁獲した紅ズワイガニが市場に並ぶのは約1週間後。一生懸命、鮮度の維持に努めているとは思います。ただ、時間の経過の影響は大きいでしょう」
「深い海が続く富山湾の海底地形だからこそ近場の漁場で紅ズワイガニが漁獲できるのは富山の強み。『魚津蟹騒動』では近場の漁場で獲れた新鮮な紅ズワイガニを堪能できるイベントです。ぜひ、ご来場者の皆様には本当の紅ズワイガニ の美味しさを堪能していただきたいです」
