
「魚津しんきろうマラソン」当日の4月26日、最高ランクの蜃気楼が魚津市で観測されました。メディアやSNSにも取り上げられ、蜃気楼への注目度が高まっています。
一方で、ランクに左右されずさまざま蜃気楼の楽しみ方を話すのは魚津埋没林博物館で主任・学芸員を務める佐藤真樹さん。多様な種類の蜃気楼や、夕方や夜間に見える蜃気楼の楽しみ方、歴史的な視点での蜃気楼の面白さなどについて話を聞きました。
※蜃気楼の写真は全て魚津埋没林博物館の佐藤真樹さんの提供

―Aランク判定の上位蜃気楼が観測されました。Aランクは約8年ぶりですが感想を教えてください
「個人的な見解としてAをつけるか非常に悩みました。2018年のAランクの蜃気楼と比べると視界がクリアではなく鮮やかさに欠けていたからです。個人的にはAマイナスと思っています」
―悩みながらもA判定とした理由は
「蜃気楼が長時間見えるときや広範囲で確認できたとき、また、変化が大きいときは、多くの人に蜃気楼を楽しんでもらえるためランクが上がりやすいです。特に26日は、私が確認していた限りでは午前9時半頃から午後1時までしっかりとした格好で出現しており、その後も継続しそうだったためAランクとしました。最終的には午後9時過ぎまで確認できました」
―魚津しんきろうマラソンの開催日と重なり、注目度も高かったようですが
「盛り上がっている日に出現したため、蜃気楼に関心を示す方も多少は増えたのではないでしょうか」


―8年前のAランクの蜃気楼について印象を教えてください
「今回のAランクの蜃気楼と前回を比較すると、やはり前回(2018年6月30日)の方が個人的には美しかったと思います。写真を撮り比べたり、見比べたりしても明瞭で、例えば火力発電所の煙突の青色と白色がはっきり見えました。前回は雨が降った後の雨後の蜃気楼で大気中の塵が少なかったことも影響したのではないでしょうか」

―改めて蜃気楼が見える理由を教えてください
「蜃気楼の出現で最も影響するのは大気です。仮に1、2mの距離であれば対面した相手の顔が歪むということはほとんど起こりません。ただ、例えば8km先の相手を見ようとした場合は、距離分の空気を通して見るわけであって、その空気中で光が曲げられてしまったり、伸ばされてしまったり、分散したりして歪みます。また、景色が上にひっくり返ったり、上に伸びたりする『上位蜃気楼』は上空に暖かい空気、地上付近に冷たい空気が入ると見えます。一方で『下位蜃気楼』は、海上付近が暖かい空気で、上空にいくと急に寒くなるような日に見えます」
「冬の蜃気楼」という呼び方はメディア造語がきっかけ!?「春の蜃気楼」はもともと「本格蜃気楼」だった!?名前に秘められた面白エピソード
―蜃気楼に名前を付けている地域は珍しいようですね。いつから名前が付き始めたのでしょうか
「富山では、景色が上にひっくり返ったり、伸びたりする蜃気楼は『春の蜃気楼』で、下にひっくり返る現象は『冬の蜃気楼』と呼ばれています。もともとはメディア造語で1970年代から使われ始めました。最初に生まれたのは冬の蜃気楼で『魚津沖合に冬の蜃気楼』という記事から生まれました。一方で春の蜃気楼の最初の名前は本格蜃気楼でした。ただ、“本格”という言葉は浸透せず、約2年後に『春の蜃気楼』という言葉が生まれました」
―さまざまな形があるため分類化して呼び分けることもできそうですが
「呼び分けることで種類も分かりやすくなると思います。実は、上位蜃気楼のほかに、上に伸びる『タワーリング』や縮む『ストゥーピング』、浮き上がる『ルーミング』などがあります。現象の呼び名が普及すれば、それぞれの現象を狙って観察したり、コンプリートを狙って撮影したりするなど、楽しみ方がもっと広がるのではないでしょうか」
日中だけじゃない。夕方や夜の楽しみ方も

―蜃気楼は夕方や夜にも出現するのでしょうか
「日中に蜃気楼が見えている日には、夕方になって景色が潰れて見えることがありますが、この潰れて見える現象も蜃気楼の一種です。しかも、夜になって上空に暖かい空気が上昇し、地上が冷たい空気になると伸びだすことがあります。県外からの来訪者の中には、気づかずに帰る方も多いですが、いったん待機してもらって夕方に縮んだ蜃気楼が夜に伸びだす姿を見て欲しいです。マニアの人は夜まで待っているケースも多いですし、日中に限らずチャンスはあると思います」
―早朝はどうでしょうか
「魚津蜃気楼研究会で会長を務めている野村英樹さんは朝にも蜃気楼の撮影を行っています。時々、『すごい蜃気楼が出ているから撮影に来いよ』とモーニングコールが来ますが、私はちょっと朝が得意ではないため中々、撮影には行けてないです。とはいえ、蜃気楼はいろいろな時間帯に楽しめる気象現象ということをもっと知って欲しいです」
教育活動を通じて、蜃気楼を次世代につなぐ

―博物館として蜃気楼の認知度や理解度の向上にも取り組まれているようですが
「小学5年生を対象にした『ふるさと発見バス』という校外学習の中で蜃気楼や埋没林についてワークを行っています。最近驚いたのは、地元の子どもたちが蜃気楼について自主学習しており、蜃気楼が見える基礎的な仕組みについても自分の言葉で話せる姿を目にしました」
―その他の取り組みは
「よつば小学校と黒部の小学校に、黒部の護岸に置かれたmマークが蜃気楼で∞になるのを楽しむ『インフィニティミラージュ(山下麻衣+小林直人)』を観察するためのタッチモニターを設置しました。その日、蜃気楼がどのような形に変わったかを観察して、モニターに表示されている形に近いボタンをタッチしてもらっています。生徒の皆さん、結構、飽きずに押しています。ちなみにこの取り組みはウェザーニュースさんの助成で実現しました」
「出前講座も行っています。放課後の児童クラブなどを対象に私が講師役でワークショップを行っています。最近、一番ウケたのは『蜃気楼ゼリー作り』です。濃度の異なるメロンゼリーを2種類作って、密度差のあるゼリーを使って景色が伸びたり、縮んだりする様子を見てもらった後、皆で食べます。このワークは北見工業大学の先生と学生さんが発案したものです。博物館にももちろん足を運んでほしいですが、私たちが能動的に動いて普及活動を行うことも大事だと思い、活動を続けています」

―科学的なアプローチで理解度が深まっていますね。一方で歴史的な視点においても蜃気楼はロマンに満ちてそうですが
「古くは上杉謙信が蜃気楼を見たと言われていますが、この説明が登場するのは謙信が亡くなって約100年後に出された軍記です。しかも、軍記の中で蜃気楼を説明する文中に記載されています。合わせて、当時から蜃気楼を見物しようと人々が海辺に集まり、市もできていたと書かれています。謙信が見たかどうかは議論が続いていますが、当時から人々に注目され、地域では見る風習があったことが分かります」
―地域にとっては長年親しまれている蜃気楼ですが誰が命名したのでしょうか
「漢詩と和歌を詠みあい優劣を競う詩歌歌合の中で蜃気楼を使った人が一人確認されています。ただ、中国から伝わった時は“しんろう(蜃楼)”と呼ばれ、いつの間にか“しんきろう(蜃気楼)”に変化しました。個人的にも“しんろう”が“しんきろう”になった瞬間を知りたいです。ちなみに“しんきろう”という言葉が定着したのは江戸後半に発行された紀行文『東遊記』に記載され、普及したと考えられます」
―魚津が蜃気楼の街になった理由も気になりますが
「あくまでも個人的な仮説ですが加賀藩の御旅屋があったことが影響しているのではないでしょうか。御旅屋があることで加賀藩主がやってきて魚津に滞在した際、蜃気楼を見れば高い確率で日記や和歌、漢詩といった文章に残して、人々に伝播されると想像できます。これもあくまで想像ですが御旅屋が魚津以外の地域にあれば、その地域が蜃気楼の街として認識されていたのではないでしょうか」
「少し話はそれますが、この仮説に基づくと、なぜ魚津に御旅屋を設けたのかという点が気になると思います。個人的な仮説ですが、加賀藩の金山が魚津にあったため、御旅屋を設置したと想像しています」
―歴史的にもさまざまな視点で楽しめますね
「上杉謙信が見たとか加賀藩主が見たとか、その当時の様々な人が見たと言われていて、文献も大事にされています。当時の文献にも触れながら蜃気楼にアプローチするのも面白いと思います。また、“気象学の歴史”をたどる意味でも楽しめるのではないでしょうか」
佐藤さんが考える蜃気楼の出現確率が高い気象条件とは?
最後に読者の皆様へ挑戦状も!
―より一層、蜃気楼を見たいと思いましたが、どのような気象条件であれば見られますか
「さまざまな説がありますが、個人的には雨の降る前日が最も出現確率が高いと考えています。統計的にも天気が崩れる日に見えるパターンは多いです。また、漁師さんの話の中で、『蜃気楼が出たら一枚羽織っていきなさい』という言葉があります。この言葉も蜃気楼の翌日、雨になりやすいことを表現していると思いませんか。一つの説ではありますが、蜃気楼を見たい方は天気が崩れる前日に注目してみてください」
―最後に、佐藤さんから読者の皆様へ挑戦状です
「はい、ただいま私はギザギザの形をした蜃気楼を研究しています。なぜ、ギザギザになるのか、魚津市民の方も含めて考えてみてください!」
