〈インタビュー〉魚津水族館の飼育係長・草間啓さんに聞く、『謎多きホタルイカの世界』

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泳ぐホタルイカ

 ―春の味覚として親しまれているホタルイカですが、その生態については知らない人も多いのではないでしょうか
 「その通りです。知名度のわりにその生態については、まだまだ解明されていない領域が多く、謎に満ちた生き物です
 ―謎が多い理由を教えてください
 「一般的に研究が進んでいるイカは、岸近くに生息するイカでコウイカやアオリイカが代表的です。比較的、行動が調査しやすいのと、水槽の中でも実験しやすいからです。一方で、ホタルイカは日中に水深200~300mの深海域、夜間は表層付近に毎日移動する『日周鉛直移動』を行い、海流に乗って外洋にも移動するため、その一生を追いながら研究するのが非常に難しい生き物です。広域を移動する習性から、水槽内では本来の行動をとってくれないことが多く、長期飼育も難しいため、飼育しながら研究する難易度は極めて高いです

「元気な状態でたくさんのホタルイカを観察できるのは富山湾だけ」と話す草間さん

 ―生きた状態でこれだけのホタルイカを観察できる富山湾の環境は貴重ということでしょうか
 「元気な状態でたくさんのホタルイカを観察できる環境は、世界的に見ても富山湾だけでしょう。国内外から研究者が集まり、聖地となっています
 ―ホタルイカの体の構造で、ほかのイカと違いはありますか
 「ほかのイカと比べてそこまで大きな違いはありません。ただ、あの小さな体で深海域から表層域までの大きな水温差に耐えられることは非常に興味深いです。例えば水深300m付近のところでは、年間を通して水温がゼロ度付近ですが、今の表層付近では13度程度です。そのくらいの温度差を耐えることができます
 「ただ、魚津水族館のバックヤードで飼育しているホタルイカを観察すると、低温の環境で飼育する方が生存率は高いです。高い海水温で長期間の飼育は難しいと思われるため、野生下のホタルイカも海水温の低い環境で通常は生息し、一時的に比較的、温かい海域(表層付近)に現れていると考えています

皮膚発光するホタルイカ

 ―ホタルイカの発光メカニズムについても教えてください
 「平たく言えば化学反応で光っています。そもそも生き物が体を発光させる方法は『自力発光』『半自力発光』『共生発光』の3パターンがあります。自力発光は発光物質を体内で生成して発光します。ホタルやウミホタルなどが代表的な生き物です
 「共生発光は体内に発光バクテリアを共生させて光ります。その生物自体に発光能力はありません。代表的な生き物としてはマツカサウオやチョウチンアンコウ類などが該当します
 「他方、ホタルイカは半自力発光のグループに分類されます。カイアシ類などの動物性プランクトンを食べることでセレンテラジンと言われる発光基質を取り込み、自分仕様の発光基質『ホタルイカルシフェリン』に作り替えます。さらに体内でホタルイカルシフェリンが発光酵素の『ホタルイカルシフェラーゼ』の働きで酸素に反応して発光します。一回発光が終わった物質は肝臓に戻り、肝臓で再生されて再利用できると言われています

 ―一見するとホタルイカの全身が発光しているように見えます。各発光器官に役割などはあるのでしょうか
 「実はホタルイカの発光器は3種類あります。最も有名なのが『腕発光器』、それからお腹側の皮膚全体に散りばめられている『皮膚発光器』、そして眼の下側にある『眼発光器』です。各発光器の使われ方についても仮説ではありますが違いがあります
 「一番光り方が強い腕発光器の役割として“囮(おとり)説”があります。捕食者が現れた瞬間に発光して注意を引き、相手が近づく隙に、光を消して素早く逃げると当館では考えています
 ―墨を使うことはできないのでしょうか
 「イカが吐いた墨を自分の身代わりに回避行動をとることは知られています。ホタルイカも墨は吐けますが、深海では暗いため効果が薄いと考えています
 ―腕発光器の光を素早く消すことができる理由も教えてください
 「一般的に化学反応は一回反応を始めると反応が終わるまで止まりません。そのため、本来ならば腕発光器も光り続けるわけです。ではなぜ瞬時に消すことができるのかと言われると、非常に原始的な仕組みをホタルイカは取り入れています。腕発光器の辺りをよく見ると黒い点みたいなものが見えます。正体は発光器の周りにある色素胞でカーテンのような役割を果たしています。つまり、色素胞で発光器を覆えば光が遮断されて消えます。一方で、色素胞で覆わなければ発光し続けるわけです

ホタルイカの発光器について解説する草間さん

 ―発光器一つをとっても面白い仕組みですね。皮膚発光器の役割も教えてください
 「皮膚発光器は泳ぐ時に下側の面に満遍なく付いているため、下側に向いて光り、自分の影を消します。こういったカモフラージュをカウンターシェーディング(逆影)と言います
 ―カウンターシェーディングを説明してください
 「想像しやすいのはブリやマグロです。これらの生き物は背中の色が濃く、腹側は白っぽい色です。海を上から見ると(海底側は)濃い色に見え、逆に水中から海面を見上げると光が差し込んで白っぽく見えます。これらの生き物は、自分の体の配色をその環境光に同化させているわけです。比較的、暗い環境下で暮らすホタルイカも下から見上げると自分の体が影になり、天敵に見つかってしまうため、うっすらと光を点けてカモフラージュします。しかも、眼の上付近にある受光器が、自分が受けている光の強さを感じ取って、同じ強さの光に調整して光ります
 ―2つの発光器と比べて眼発光器は役割がはっきりしていないようですが
 「役割がよく分かっていないのは事実です。そもそも、通常は光っていないと言われ続けていました。ただ、近年色々と実験したら光っていることが確認できました。その後、改めて昔の写真などを見返した際に皮膚発光器とほぼ同じくらいの強さの光で光っていることが分かりました。今後の研究で役割などを少しずつ明らかにしていけたら良いなと思います

ホタルイカの身投げ(撮影・提供:木村知晴さん)

 ―ホタルイカと言えば「身投げ」も有名です。どのような理由で波打ち際に打ち上げられるのでしょうか
 「理由の一つとして“迷子説”が有力です。日中は深海域で生息するホタルイカですが、産卵は表層付近で行います。産卵後は深海域に戻ります。戻る際に頼りにするのが月の光です。月の偏光を確認して自分の位置を把握しているのではないかと言われています。ただし、新月では月の光が地上に降り注がなくなります。そうなると方向が分からなくなって迷子となり打ち上げられるのではないかと言われています。また、新月の前後に身投げが起こりやすいと言われている理由もこの説が根拠の一つとなっています。月のほか、富山湾の海底地形も関係しています。陸地から深海域の距離が非常に近いため表層付近に迷い込みやすいとも推察されています。他、おそらく海流や水温変化などさまざまな要因が重なり身投げが発生しているのではないでしょうか
 ―“謎多きホタルイカの世界”。研究のやりがいがありますね
 「解明しようと世界中の研究者が富山湾そして魚津に来訪されます。当館としては、ただ場所を貸すだけではなく、研究領域の違いに関わらずさまざまな視点からアプローチして共同研究を行っています。当館がホタルイカ研究のハブとして役割を果たせるように今後も尽力します
 ―最後に草間さんの好きなホタルイカ料理を教えてください
 「やっぱり、『王道のホタルイカの酢味噌和え』が一番好きですね

「ホタルイカ研究のハブとして役割を果たせるように今後も尽力します」と今後も研究に情熱を注ぐ