〈インタビュー〉「水槽を見るだけの水族館にしない」―。魚津水族館の館長が語る、職員の創意工夫、地域と歩む展示づくりへの思い~多様な企画でファン拡大へ~

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 魚津水族博物館(以下、魚津水族館)がメディアやSNSで話題となっています。餌の時間以外はほとんど動かないコバンザメ科ナガコバンの「バンちゃん」やテングハコフグなどの珍しい魚の展示、水槽を見ながら寿司を堪能するイベントの実施など、独創的なアプローチで来館者の満足度を高め、魚津水族館のファンは増加傾向です。職員とともに日々、奮闘する清水悟史館長に、水族館にかける思いや今後の取り組みについて聞きました。

 ―魚津水族館のテーマを教えてください
 「当館は『北アルプスの渓流から富山湾の深海まで』をテーマに、さまざまな生き物を展示しています。3,000m級の山々から深海1,200mまでがこの狭い地域に凝縮している魚津は、日本でも珍しい環境です。館内ではこの特異な自然環境をギュッと凝縮し、そこに生きる生き物を中心に展示しています」
 ―水族館を運営するうえで意識していることは
 「来館者が水槽を見てすぐ帰ってしまうような水族館にはしたくありません。せっかく来ていただいた来館者の満足度をどう高めるかを常に意識しています。そして、次も来てもらえるように色々な仕掛けを考えています。エサやりの際には可能な範囲で説明を添えたり、興味を持ってもらえそうな情報を提供したりしています。その一言が満足度を大きく上げることもあるのです」

コバンザメ科ナガコバンの「バンちゃん」(中央でエサが入ったバケツに張り付いている)

 ―魚津水族館のファンを増やす取り組みは
 「職員も来館者の満足度の向上に強い意欲を持っています。例えば、説明パネルに描かれた絵柄を缶バッジにして販売したところ、来館者が嬉しそうに購入してくださったことがあります。また、職員に感謝の手紙を送られる方もいます。職員のアイデアが来館者の喜びにつながると、それがさらに職員のモチベーションを高め、より工夫していこうという循環が生まれます。この良いサイクルを意識しながら、魚津水族館のファンを増やしていきたいと思っています」

大人気、飼育員さんによるエサやりの時間(クリスマスバージョン)

 ―新たな企画が報道関係者の注目を集めているようですが
 「2024年のクラウドファンディング『現存最古の水族館を未来につなぐプロジェクト』を機に、メディアにも注目いただきました。多くの方に水族館を知っていただく上で大きな効果があったと思います。大変ありがたく思っています。今後も、特徴的な環境に根づく生態や(食や漁法などの)多様な文化を積極的に発信していきたいです」
 ―食と組み合わせた企画の具体例はありますか
 「富山県では『寿司といえば富山』という取り組みを進めています。以前は“水族館で魚を食べる”ことはタブーとされていましたが、今は食をテーマにした取り組みもしやすくなったと感じています。生き物の生態を来館者に理解していただくという博物館としての本質を守りつつ、昨年から食と組み合わせた企画を実施しています」
 ―魚津蟹騒動にも初参加されました
 「カニの生態などを解説させていただきました。魚津は県内で最も紅ズワイガニの漁獲量が多い地域です。水深800〜1500m付近に生息する紅ズワイガニの生態をもっと知ってもらいたいと思い、協力させていただきました。初回だったため完璧とは言えませんが、来場者に少しでも満足いただける内容を考えました。次回はさらにブラッシュアップしていきたいです」

紅ズワイガニに関する展示に協力

 ―地元漁師や魚津漁協との連携はどのように行われていますか
 「地元の漁師さんから『珍しい魚が獲れたよ』と連絡をいただき、それを展示することもあります。漁師さんの協力がなければ水族館の運営は成り立ちません。漁師さんが衰退すれば水族館も衰退すると考えています。当館としては、水産業の振興につながる取り組みを漁師さんや漁協と積極的に進めていきたいと考えています」
 「イベントを通じて遠方から来られた方にも、海産物のおいしさや魚津そのものの魅力を知っていただきたいと強く思っています。漁協をはじめ、関係各所とのイベントの実施は大きなプラスになります。来館者の満足度を少しでも高められるように、今後も既存・新規の連携を含めて様々な企画に挑戦していきたいです」

発光生物の研究も盛ん(マツカサウオ)

 ―水族館同士の連携状況はいかがですか
 「以前は魚を購入して展示するケースが一般的でしたが、現在は環境負荷低減の観点から、繁殖個体の交換が増えています。当館も上越市立水族博物館『うみがたり』(新潟県)、『世界淡水魚園水族館 アクア・トト ぎふ』(岐阜県)、『サンシャイン水族館』(東京都)など多くの水族館と生物交換を積極的に進めています」
 ―各水族館から注目されている理由は
 「日本海側で深海に面した水族館が当館だけだからです。富山湾は相模湾、駿河湾と並ぶ『三大深湾』と呼ばれ、固有の生態が多いことが理由の一つとしてあります」

 ―2026年度以降に想定している取り組みはありますか
 「構想中ですが、展示エリアの区分をよりわかりやすくしていきたいと考えています。現在も北アルプスなどの山側エリア、表層生物のエリア、富山湾をイメージしたエリア、深海エリアに分かれていますが、来館者の中には“どんなエリアなのか”を知らずに見ている方もいます。そこで、エリアの特徴が直感的にわかるような仕組みを検討しています」
 「もう一つは、2026年度に来館者が海中にいるような没入感を味わえるよう照明に調整することです。例えば、手前には明るいライト、奥には青を強調した照明を配置することで、狭い水槽でも奥行きを感じられるようにします。試行錯誤しながら、より海中に近い雰囲気を実現したいと考えています」

2026年度以降に館内のレイアウトや照明を見直す

 ―新しい連携の可能性はありますか
 「地元の中学校や小学校の校長先生から『水族館と何かできませんか』という相談をいただいています。子どもたちは将来の魚津を担う存在であり宝です。水族館が一方的に教えるだけでなく、子どもたち自身が能動的に関われる企画にしていきたいと思っています。高校卒業後に県外へ出ていく人は多いので、正直、地元に残ってほしいという思いもあります。少しでも魚津をもっと好きになってもらえるよう、協力していきたいです」

 ―清水館長が感じる魚津の魅力とは
 「魚もコメも果物もおいしく、何より水がとても美味しいことは大きな魅力です。こうした環境は日本でも珍しいと思います。地元の子どもたちにはありがたみを感じてほしいですし、大人がしっかりと伝えていく必要もあると思います。当館では、小学生向けに『ホタルイカ発光実験出前講座』などを継続的に行っています。当たり前のように感じている魚津の自然や、そこから生まれた食や文化、その恩恵について、少しでも再認識して欲しいと考えています」
 ―魚津の魅力をより広く伝えるために必要な取り組みは何でしょうか
 「当館をはじめ、埋没林博物館、漁協など、各施設や事業者はできる限り魅力を発信しようと努めています。そのうえで、取り組みを一段進めるには、互いの成功事例を共有し、横展開する方法が有効だと思います。プロモーションの打ち出し方や情報発信の戦略を、魚津観光まちづくり会社など多くの関係者と連携し、地域一体となって取り組むことで、新たな効果が生まれる可能性があるのではないでしょうか」