
富山県魚津市の海岸沿いにある旧十二銀行魚津支店の事務所や米倉は、近代史において“米騒動”を語る上で欠かせない存在です。第1次世界大戦の好景気やシベリア出兵などで米価が高騰すると読んだ地主や商人が米を買い占め、米不足が深刻化した当時。富山県魚津町(現魚津市)の主婦らは、町民への適正価格での販売(救済措置)とともに米の積み出しの中止を求めました。その舞台となったのが、この場所です。一連の事件は新聞で報じられ、1都3府40県にまで波及し、寺内正毅内閣を総辞職に追い込みました。米倉は大正デモクラシーを象徴する民衆の自発的運動の舞台とも言えます。調査に携わってきた職藝学院で学院長を務める上野幸夫さんに歴史的価値や観光振興としての利用価値について聞きました。

―旧十二銀行魚津支店の事務所や米倉について建物の概要を教えてください
「正面は北陸街道が走り、裏手は海岸という位置に立地しています。建物は、旧街道側に『南蔵』と金庫室兼用の『前蔵』があります。その間には洋風建築の『事務所棟』が並び、棟の裏手には『和室棟』が隣接し、さらに『北蔵』などが点在します」

―最近、風呂場が新たに発見されたようですね
「和室棟の一部に風呂場の痕跡が見つかりました。そもそも、天井が風呂場によく使われる建築様式で予想はしていました。調査の中で床下にきれいなタイル張りが確認できたり、蛇口や浴槽の一部などもでてきたりして、確証を得ました」
―風呂場の広さはどの程度でしょうか
「六畳から八畳ほどの広さです。旧家には来客用の風呂場がよく設置されていますが、ここまで広くはありません」
―どのような人が利用していたのでしょうか
「共同浴場は独立して建っていて、当時の歴史を伝えるうえでも修復する価値があります」
意匠性の高い和室棟、西洋文化を取り入れた事務所棟、近代の建築文化を残す貴重な存在

―和室棟は本来、どのような姿だったのでしょうか
「土庇っていう庇や土間、縁側が設けられた本格的な座敷です。それぞれの部屋には障子や襖、欄間などもあって、鶯色や薄桃色の色壁となっており、意匠性が高い部屋です。さらには、中庭に面しているため、当時は庭を眺めることも楽しめたでしょう」
―ほかの建物にも特徴的な建築様式などがありそうですね
「例えば大正期に建てられた事務所棟は洋風で、当時、流行していた意匠や様式が随所に見られます。西洋の石積みを表現した洋風石積風の目地や、モルタルを使った洗い出し仕上げが外壁に見られます。両開きの出入口の上には欄間に街灯、額縁を廻した両開窓もあり、どちらも銀行建築らしく防犯上から鉄格子が嵌め込まれています」
「一方、室内には客溜まりと事務室を仕切る腰高のカウンターがあります。カウンターには、銀行時代の窓口もついていますよ。また、壁は白漆喰が塗られ、天井と壁の境目には、凹凸の装飾が施された細長い部材を廻らせた『蛇腹型廻り縁』が装飾されています」

「金庫の役割を担った前蔵」「米俵を保管した南蔵」、すべての建物の文化的価値は非常に高い

―各蔵の特徴を教えてください
「前蔵には証文や金銭などが収納されていた金庫としての役割がありました。白漆喰の鳥居枠に観音開きの土扉があります。扉は、合わせ目部分に左右が段階状に組み合うように段差が三段ついた掛子塗となっています。これにより火災や煙の侵入を防ぎ、気密性を高めています。さらに鉄の格子で防犯対策が施されています」


―電話ボックスもありますね
「前蔵と応接室の間の奥に1m角ほどの電話ボックスがあります。銀行として電話室は必要だったと考えられます」
―応接室はどのような状況でしょうか
「本来は素晴らしい建物ですが、現在は痛みが酷く、本来の価値が伝わりにくい状況です。当時、洋風の部屋で接客するのがある種のステータスだったため、洋風の応接室が設けられたのでしょう。また、現状では雑草に覆われていますが、応接室から坪庭が眺められます。坪庭もあわせて趣のある空間だったと想像できます。純和風の庭で、四季を感じさせるような樹木も植えられていたはずです」
―南蔵の特徴はいかがでしょうか
「外観は表通りに開く意匠的な2つの窓が設置されているほか、建物の奥行き方向が四間、間口は三間の部屋が7室で延べ長二十一間と長大な土蔵となっています。また、大人の腰の高さに位置する『腰壁』には養生柵が設けられ、荷運搬時に傷がつかないように工夫されています。本来であれば天井が高く、米俵を高く積み上げることができます。ただ、昭和27(1952)年に水産会社が漁網等の倉庫として使用した際に二階が設けられました。通気性を確保するため床は竹が使用されています」

―北蔵はどうでしょうか
「事務所側の妻壁は白漆喰の大壁が残っているため、土蔵造りを感じさせます。ただ、改造の箇所が目立ちますね。例えば、半間に入る柱は一本置きに切断され、壁土も落とされて開放的な室内に改造されています。外観も室内も本来の姿ではないため、復元すると姿が大きく変わりますよ」
―貴重な建築物が目白押しですが、改めて修復する意義を教えてください
「北蔵も含めてすべての建物の文化的価値は非常に高いです。洋風建築の事務所棟が建った当時の姿に戻すことで、時代背景や当時の歴史を学ぶ、よりよい機会にもなると思います。また、廃れた姿のままだと落書きなどいたずらをされるリスクも高まります。建物の価値を守る上でも修復は有効な手段です」
「観光の中核施設になれるポテンシャルがある」と強調

―観光資源としての価値をどのように捉えていますか
「修復して誰でも訪れられるような名所になれば、観光の中核施設になれるポテンシャルがあります。そもそも、その当時の本物の建物が現存しているというだけでも大変価値のあることです」
「この場所を中核施設として、海の駅蜃気楼といった海岸線沿いの観光施設をめぐる楽しみ方や、周辺の観光や文化の情報を発信する活用方法もあると思います」
―宿泊施設としての活用方法は可能でしょうか
「和室棟は中庭にも面しているため、例えば茶会などを開催するイベントスペースとしての活用や、宿泊施設としての利用価値もあると思います。特に日本庭園が眺められる日本家屋に宿泊できるということで、インバウンドの需要なども取り込めるのではないでしょうか」
―上野さんにとっての米倉の魅力を教えてください
「米倉の全貌が解明される中で、米倉としての基本的な機能は、令和の備蓄倉庫とほとんど同じということに驚きました。具体的には、防犯や防火対策、通気性がよく常に一定の温度を保てること、ネズミ返しなどを利用したネズミ対策などです。 だから、時代が変わっても、建物の本質的な要素は、あまり変わらないということを改めて実感させられます」
中世の城や旧街並みといった建物も魚津の魅力

―最後に魚津の魅力についても教えてください
「松倉城といった中世の城があり、海山でそれぞれの時代を感じることができる街です。また、魚津没林博物館も、埋没林を通して太古の魚津の姿を今に伝えています。博物館が建つ場所も海に近く、見晴らしもよいですね」
「以前、魚津の街並みを歩いた際、特に北陸街道筋には旧街並みもまだ残っているところが結構あります。 だから魚津大火以前の建物も何軒か燃えずに残っていて、そういったノスタルジーやレトロを感じさせる建物をめぐるのも面白いと思いますよ」
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